ここ数年、動物病院業界ではM&Aによるグループ化が進み、複数拠点を持つ動物病院は珍しい存在ではなくなりました。グループ化によって、採用力の向上、設備投資の強化、仕入れコストの最適化、福利厚生の充実など、スケールメリットは確実に生まれています。

一方で、一定規模に到達した組織では、「拡大すること」そのものよりも、「拡大した組織をどう機能させるか」という新たな経営テーマが見え始めています。

本記事では、M&Aを経験した動物病院グループにおいて、共通して見られがちな課題を4つに整理して解説します。

(筆者紹介)
PEACE Lab 代表、獣医師  椿 直哉

2004年に獣医師免許を取得し、北里大学を卒業。企業動物病院の院長や、センター病院の立ち上げ・運営を経験し、17年にMBAを取得した。21年に独立してPEACE Labを設立し、現在に至る。猫専門クリニックや訪問診療などさまざまな形態の獣医療サービスを運営している。

課題① 組織文化の統合が難しい

動物病院は、院長の価値観や診療スタイルによって、それぞれ独自の文化が形成されています。

そのためM&A後には、

  • 診療方針やチーム医療の考え方
  • 会計項目の運用方法
  • 院内オペレーション
  • 勤務体制

といった違いが顕在化しやすくなります。

非常に細かい点ではありますが、消毒薬の使用方法注射器や薬剤の種類入院犬舎のペットシーツの敷き方など、各病院で独自にやりやすいものをチョイスしてきた歴史があるわけで、1つとして全く同じ方法の病院はないと言っても過言ではありません。

経営本部から見れば、すべての病院の診療やオペレーションを統一するのが合理的ですが、現場では「これまでのやり方を否定された」と受け取られる可能性があります。

特に起こりやすいのは、制度は統一されたものの、現場の納得感が伴わない状態です。その結果、表面的には統一されていても現場では従来ルールが残り、心理的な分断や離職リスクの上昇につながるケースも見られます。

課題② 見えないコストが増加する

M&Aではコスト削減が注目されますが、運営面では、時間や意思決定の遅れといった別のコストが増加する傾向があります。

  • 意思決定の遅延
  • 報告業務の増加
  • 調整業務の増加

例えば、これまで院長判断で即決できていた内容が本部確認を必要とするようになったり、グループ全体での情報共有のため報告フォーマットが増えたり、拠点間のバランス調整のための会議が増えるといった変化が起こります。

これらは財務上は見えにくいものの、現場の業務負担として確実に蓄積されます。

結果として診療業務以外の事務作業が増え、臨床に向き合う時間が減少します。コンプライアンス強化や働き方改革は重要ですが、動物と向き合う時間の減少は、現場スタッフにとって間違いなく心理的な負担となります。

課題③ 中間マネジメント層の不足

多くのグループで共通する課題が、「現場と経営をつなぐ人材」の不足です。

  • 現場理解
  • 経営理解
  • 両者を翻訳する能力

しかし実際には、優秀な臨床スタッフがそのまま管理職になるケースも少なくありません。

一方で、臨床能力とマネジメント能力は必ずしも一致しません。その結果、経営方針が十分に咀嚼されないまま現場に伝達され、現場全体で理解不足や混乱が生じるケースがあります。私自身、院長職やマネージャー職時代には、トップからの方針や施策に疑問を感じたとしても、「これが正解なのだろう」と思い込み、そのまま現場に無理矢理に落とし込もうとしていました。

しかし本来、中間管理職には、経営の意図を現場に翻訳し、実行可能な形に落とし込む役割が求められます。ときには経営側に改善策を提示し、より現場の動きやすいものにしてくことも求められます。ここの機能が弱いと、経営層と現場との乖離が発生し、組織全体の実行力は大きく低下します。

課題④ 病院ごとのブランド価値が希薄化する

統合が進むほど、サービスの均質化が進み、「どの病院でも同じ」という状態に近づきます。

しかし、飼い主さまが病院を選ぶ理由には、

  • 担当獣医師との関係性
  • 病院の雰囲気
  • 安心感

といった要素も大きく含まれます。

効率化のみを重視すると、こうした価値が失われる可能性があります。

一方で、グループ化によって、人材配置の柔軟性診療時間の拡張高度医療体制の構築などのメリットも生まれます。

重要なのは、グループとしての強みと各病院の個性をどのように両立させるかです。全体戦略と拠点戦略をマッチさせるためには、大きな軸に沿った行動が、経営側、現場側両者に求められます。

まとめ

これら4つの課題は、いずれも組織規模が拡大する過程で自然に生じるものです。課題が存在していること自体は、必ずしもネガティブな状態を意味するものではありません。むしろ、個人経営フェーズから組織経営フェーズへ移行した際に、多くの組織が経験する「成長過程の現象」ともいえます。

一方で、これらの課題は、短期間で大きな問題として顕在化するものではありません。しかし、対応が後回しになることで、

  • 組織の実行力低下
  • 現場のモチベーション低下
  • 人材流出
  • ブランド価値の低下

といった形で、徐々に影響が表面化していきます。

特に動物病院という業態は、人材依存度が高く、同時に飼い主さまとの信頼関係によって成り立つビジネスでもあります。そのため、組織内部の機能不全は、時間差で外部評価にも影響していく可能性があります。

重要なのは、課題を「問題」として捉えることではなく、組織が次のステージに進んだサインとして捉えることです。組織規模が拡大した後に求められるのは、制度の整備だけではなく、

  • 人材
  • 現場のモチベーション低下
  • 組織機能
  • 意思決定構造

といった「組織そのものの設計」です。

次回は、これらの課題に対して、どのような対応が現実的に考えられるのかについて、整理していきます。